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シェルター8人分で十分なの?

「平成」28年度渋谷区当初予算案の概要が発表され平成28年度当初予算案の概要、その中に【ハウジングファースト事業】が入ったということでマスコミにも取り上げられた。

その前提となる渋谷区内のホームレスの数の統計はどうなっているのだろうか。2016年1月の『路上生活者概数調査(公園)』を載せておく。

W1024Q80_2016年1月路上生活者概数調査_PAGE0000

W1024Q80_2016年1月路上生活者概数調査_PAGE0001

渋谷区内の公園には渋谷区の統計でも10人のホームレスがいることが分かる。

路上生活者は公園以外の場所にいる。その部分は『路上生活者概数調査(その他)』に統計がある。

W1024Q80_2016年1月路上生活者概数調査_PAGE0002

渋谷側遊歩道がいわゆる宮下公園南側のバイク駐車場の脇に代替地になります。

この点を指摘したものは続報~渋谷に野宿者を隔離する「ゲットー」出現渋谷区が代替地を作ったのはいつでしょうか?などがある以上、渋谷区とも言えども否定することは不可能でしょう。

W1024Q80_2016年1月路上生活者概数調査_PAGE0003

というわけで、渋谷区が新宮下公園等整備事業を強行し、宮下公園に商業施設を作ったり、宮下公園の一部を都市計画変更して一般用地に用途指定変更した上でそこにホテルを建設するならば、渋谷側遊歩道にいる野宿者は確実にハウジングファースト事業の対象になるでしょう。

また、公園にいるホームレスも「路上生活をしている状態」にあることは明白であり、「路上生活をしている状態から支援を始め、一人ひとりにあったケアを行う」とある以上、対象に含まれるはずです。

それなのに、渋谷区の統計の数より少ない8人分しか借上げシェルターを用意しない。渋谷側遊歩道にいる野宿者ですら17人いるのに。どうするのでしょうか。
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渋谷区による三ヶ所同時野宿者排除に対する人権救済申立書

2013年3月21日に日本弁護士連合会に提出し人権救済申立書です。なお個人名は●●及びアルファベットに替えてあります。


人権救済申立書

                                                    2013(平成25)年3月21日

日本弁護士連合会会長 殿

                                        申立人ら代理人
                                                   弁護士   山  川  幸  生

                                                  司法書士  後  閑  一  博
                                                                  外6名

                                            当事者の表示  別紙当事者目録のとおり

第1 申立ての趣旨

1 相手方に対し、平成24年6月11日に相手方が設置・管理する渋谷区立美竹公園、渋谷区役所人工地盤下駐車場及び渋谷区役所前公衆便所を予告なしに一斉に封鎖した行為について、これを人権侵害行為と認めて、今後申立人らを含む渋谷区内において起居するホームレスの人及び同区内で炊き出し等の活動を行うホームレス支援団体に対し、同様の人権侵害行為が行わないように警告する

2 相手方に対し、渋谷区立美竹公園、渋谷区役所人工地盤下駐車場及び渋谷区役所前公衆便所をホームレスの人が夜間の寝泊まりの場所とすることができる状態にいったん戻した上で、上記公園及び施設を利用していたホームレスの人及びその支援者らと十分に話し合いを行い、生活保護法に従った居宅保護の開始をすすめるように警告する

3 相手方に対し、申立人聖公会野宿者支援活動・渋谷が毎週金曜日に行っている炊き出しのために渋谷区役所人工地盤下駐車場を使用することができる状態に戻し、炊き出しの実施について申立人聖公会野宿者支援活動・渋谷と十分に話し合いを行うように警告する
ことを求める。

第2 申立ての理由

1 事案の概要

 本件は、相手方が、2012(平成24)年6月11日の朝、ホームレスの人々が起居する場所となっていた東京都渋谷区渋谷1丁目18番29号所在の渋谷区立美竹公園(以下、「美竹公園」という。)、同区宇田川町1番1号所在の渋谷区役所人工地盤下駐車場(「渋谷区役所地下駐車場」または単に「地下駐」と通称される。以下、「駐車場」という。)及び渋谷区神南1丁目5番11号所在の区役所前公衆便所(以下、「公衆便所」という。)を予告なく封鎖して、人の立ち入りを制限した行為(以下、とまとめて「本件同時封鎖」という。)によって、ホームレスの人々が起居する場所を突然奪われ最低限の生きていくための基盤をも失ったこと、加えて美竹公園や駐車場でホームレスの人々を手厚く支援していたボランティア団体がその活動を著しく制限され、その結果ホームレスの人々がこれら支援団体による支援を十分に享受できなくなったこと等について、ホームレスの人々及び支援団体の人権を侵害するものとして、その救済を求める事案である。

2 当事者

(1) 申立人ら(個人)
本件の個人の申立人(以下「申立人ら(個人)」という。)は、いずれも、渋谷区及びその周辺で起居するホームレスの人である。

 申立人●●●●(以下、「申立人A」という。)は、東京都児童会館の敷地を寝場所としていたが、2011(平成23)年11月、同児童会館の工事を名目とする封鎖によって、寝場所を奪われ、美竹公園にテントを張って居住していた。しかし、2012(平成24)年6月11日に相手方によって美竹公園を封鎖され、寝場所を奪われ、更には、相手方によって2012(平成24)年7月30日に美竹公園内のテント等に対する行政代執行が行われた結果、テントを撤去され、多数の生活用品等を失った。また、同日の行政代執行が申立人渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合(以下、「申立人のじれん」という。)に対しても行われたことにより、申立人のじれんが毎週土曜日に美竹公園で行っていた炊き出し等の支援活動を2012(平成24)年12月まで受けることができなくなった。

 申立人●●●(以下、「申立人B」という。)は、本件同時封鎖当時、夜間、駐車場で寝起きしていた者であるが、本件の駐車場の封鎖によって、寝場所を奪われた。また、駐車場の封鎖に伴い、申立人聖公会野宿者支援活動・渋谷(以下、「申立人聖公会」という。)が毎週金曜日に駐車場で行っていた炊き出し等の支援活動を十分に受けることができなくなった。

 申立人●●●(以下、「申立人C」という。)は、2011(平成23)年9月から、駐車場などを転々として起居していたが、平成23年6月11日朝に相手方によって駐車場を封鎖されて、以後駐車場での寝起きする機会を奪われた。また、駐車場の封鎖に伴い、申立人聖公会が毎週金曜日に駐車場で行っていた炊き出し等の支援活動を十分に受けることができなくなった。

 申立人●●●(以下、「申立人D」という。)は、渋谷区とその周辺で起居している野宿者である。駐車場の封鎖に伴い、申立人聖公会が毎週金曜日に駐車場で行っていた炊き出し等の支援活動を十分に受けることができなくなった。

 申立人●●●●(以下、「申立人E」という。)は、2009(平成21)年ころから2011(平成23)年ころまで駐車場に夜間起居していたが、その後、申立人聖公会の支援により相手方において生活保護を受給し、本件同時封鎖当時から現在に至るまで申立人聖公会の活動を手伝っているが、本件同時封鎖によって駐車場での仲間の支援活動が十分にできなくなる影響を受けた。

(2) 申立人のじれん(渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合)

1998(平成10)年4月に結成された野宿者支援団体(権利能力なき社団)。「渋谷・野宿者の生存と生活をかちとる自由連合」が正式名称で、略称は「のじれん」である。渋谷を中心に毎週土曜日の共同炊事(炊き出し)や夜間巡回、医療相談などの活動に取り組んでいる。美竹公園内に簡易倉庫を建て、共同炊事に使用する物資等を保管していたが、2012(平成24)年7月30日に美竹公園内のテント等に対する行政代執行が行われて、保管していた鍋釜等の物資等を強制撤去された。2012(平成24)年12月からは資材を新しく購入する等して再び美竹公園で毎週土曜日の共同炊事を行っている。

(3) 申立人聖公会野宿者支援活動・渋谷

 渋谷区において活動するホームレスの人々を支援するボランティア団体(権利能力なき社団)。キリスト教団体である日本聖公会の信徒によって運営されている。2004(平成16)年12月から2012(平成24)年6月8日まで、駐車場内で、炊き出しの配食やコーヒー等の飲料の提供を行ってきたが、2012(平成24)年6月11日朝に駐車場が封鎖されて以来、駐車場内での炊き出しを行うことができなくなり、現在は駐車場前での配食を行っている。

(4) 相手方

 相手方は、東京都の特別区であり、区長を首長とする特別地方公共団体である。相手方は、今回のホームレス排除の舞台となった渋谷区立美竹公園、駐車場及び渋谷区役所前公衆便所の管理者である。相手方の区長は、生活保護法19条1項に基づき、渋谷区福祉事務所の所管区域である同区内に居住地を有する要保護者及び居住地がないか又は明らかでないよう保護者であって同福祉事務所の所管区域内に現在地を有する者の保護を決定し、かつ実施する責任を負う。

3 封鎖前の美竹公園の状況

 (1) 美竹公園には、2012(平成24)年6月11日当時、10数軒のテント・小屋があり、ホームレスの人が寝泊まりの場所としていた。この中には、申立人Aのように、2011(平成23)年11月の東京都児童会館の工事を名目とする封鎖によって、寝場所を奪われ、美竹公園に身を寄せている野宿者もいた。

 (2) 美竹公園では、毎週土曜日、過去14年間にわたって申立人のじれんが共同炊事(炊き出し)を行い、ホームレスの人の支援を行っていた。以上の事実は相手方も承知しており、ホームレスの人の居住や申立人のじれんの共同炊事(炊き出し)も事実上黙認してきた。

4 封鎖前の駐車場の状況

(1) 駐車場は、長い間、ホームレスの人々が寝泊まりの場所としていていた。ホームレスの人々は、夜間にのみ入場し、早朝になると、段ボールを片付けて荷物を持って引き揚げるという暗黙のルールを守っており、一定の集団的秩序をもった寝泊まりの場所となっていた。本件同時封鎖前、ホームレスの人々が駐車場に居たのは、深夜から早朝にかけての時間帯に限られ、日中は迷惑をかけないようにホームレスの人々全員が駐車場をいったん立ち去っていた。
 駐車場は、ホームレスの人々のうち、テントを持たない者にとって、雨露をしのげる貴重な寝場所であり、生きていくための最低限の基盤であった。
 2012(平成24)年6月11日の本件同時封鎖の直前には、申立人Bを含む約30名のホームレスの人々が駐車場で寝泊まりをしていた。

(2) また、申立人聖公会は、8年ほど前から、毎週金曜日に駐車場で炊き出し等の支援活動を行っていた。そこには、毎週200人前後のホームレスの人々が集まって、申立人聖公会のボランティアから配食やコーヒー等の配布を受け、一時の飢えをしのいでいた。この際、申立人聖公会は、ホームレスの人々の生活に関する相談も受けていた。申立人Bのほか、申立人D、申立人Cらが、申立人聖公会の上記支援活動に集まっていた。また、申立人Eは、上記支援活動の手助けをして、かつてのホームレス仲間の手助けをしていた。
 こうした事実を相手方は知っており、相手方は、これまで、申立人聖公会を交えた当事者との交渉の中で、ホームレスの人々の夜間の駐車場の使用を強制的に排除することはせず、事実上一時使用を黙認してきた。

5 美竹公園の封鎖並びにホームレス及び支援団体の排除

  (1) 相手方は、2012(平成24)年6月11日の早朝午前6時半ころ、申立人Aら美竹公園に寝泊まりするホームレスの人々や申立人のじれんに事前に告知することなく、突如として美竹公園をフェンスで封鎖し、多数の警察官によって包囲し、ガードマンらを用いて美竹公園への出入りを制限した。
なお、文書ビラによる告知があったのは、封鎖4日後の6月15日である。相手方は、災害時の一時集合場所の整備を封鎖の理由に挙げた。

 そして、申立人Aら美竹公園に寝泊まりするホームレスの人々に対し、出入りは認めながらも、美竹公園入口前に、申立人Aら美竹公園に寝泊まりするホームレスの1人ひとりの顔写真を張り、その出入りをチェックし、荷物について質問する等し、1週間以内に所持品を持って公園から退去するよう促した。

 さらに、相手方の区長は、2012(平成24)年6月20日、相手方の庁舎の掲示場において、不利益処分の名宛人となるべき者を「氏名不詳」等とし、対象となる物件の大部分を個別に明示しないまま、都市公園法に基づいて美竹公園内の物件の除却命令の前提となる弁明の機会の付与の手続きを行う旨の告示をした。

 除却命令の名宛人となるべき申立人Aらは美竹公園内に起居していたのであるから、その所在は判明していた。にもかかわらず、相手方は、行政手続法15条1項の通知を相手方の区役所の掲示場に掲示する方法により行い、通知書を美竹公園内のホームレスの人々に直接手渡さなかったのである。そして、相手方は、申立人のじれん及び申立人聖公会等のホームレス支援団体から批判を受け、ようやく、2012(平成24)年6月29日付けで公園内のホームレスの人々に通知書を交付し、申立人のじれんの事務所に対して郵送で交付するに至った。相手方には、適正な手続を真摯に履践する姿勢に乏しかった。

 その後、相手方は、2012(平成24)年7月30日、申立人Aらホームレスの人々のテント・小屋・荷物等及び申立人のじれんの荷物等を置いた倉庫を美竹公園から撤去するための行政代執行を行い、撤去を強行した。

(2) また、上記の美竹公園封鎖によって、申立人のじれんは、2012(平成24)年12月まで、毎週土曜日の共同炊事(炊き出し)を美竹公園内で行うことができなくなり、これにより、美竹公園に住んでいた者だけでなく、申立人ら(個人)を含む多くのホームレスの人々及び生活困窮者が配食を受けることに支障をきたした。

 なお、相手方は、本件の美竹公園の封鎖後も、申立人のじれんに対し、駐車場に代わって支援活動を行うことのできる場所の提供など、支援活動を継続できるような措置やそのための協議等も行わなかった(なお、2012(平成24)年12月以降の美竹公園での申立人のじれんの支援活動は、相手方との協議などを経ることなく、事実上再開したものである。)。

6 相手方役所地下駐車場の封鎖並びにホームレス及び支援団体の排除

(1) 相手方は、2012(平成24)年6月11日早朝、ホームレスの人々が上記ルールに従って駐車場を退出した後、申立人Bらホームレスの人々や申立人聖公会に対して何の事前の告知もなく、工事を名目に駐車場を封鎖し、申立人Bら昼夜を通じて人が出入りできないようになった。

 このため、申立人Bら駐車場を寝泊まりの場所としていたホームレスの人々は、その日から突然寝場所を失い、寝場所を求めて路上や代々木公園などをあてもなく彷徨うことになった。

(2) また、上記の駐車場封鎖によって、申立人聖公会は、毎週金曜日の炊き出し等の支援活動を駐車場内で行うことができなくなった。これにより、申立人聖公会は、駐車場前で配食のみを行うほかなくなり、コーヒーなどの飲料の配布を取りやめざるをえなくなり、相談活動も十分にできなくなる(路上の立ち話では十分な相談活動はできないことは明らかである。)など、規模の縮小を余儀なくされた。このため、申立人ら(個人)をはじめとする多くのホームレスの人々及び生活困窮者が十分に申立人聖公会の支援を受けられなくなった。

 なお、相手方は、本件の駐車場の封鎖後も、申立人聖公会に対し、駐車場に代わって支援活動を行うことのできる場所の提供など、支援活動を継続できるような措置やそのための協議等も一切行っていない。

7 区役所前公衆便所の封鎖及びホームレス排除

(1) 公衆便所でも、数人のホームレスの人々が寝場所にしていた。
(2) 平成24年6月11日早朝、改修工事を名目に便所は封鎖され、ホームレスの人々は追い出された。

8 相手方の行為の違憲性・違法性

 相手方による本件同時封鎖は、ホームレスの人々を美竹公園や駐車場等から強制的に立ち退かせることを目的としたもので、下記のとおり申立人らの権利を侵害する違憲・違法な行為であり、これらの行為の中止及び原状の回復が必要である。

(1) 目的の不法性

 相手方による本件同時封鎖は、突然予告なしにホームレスの人々が起居する3つの場所を同時に封鎖したことや、相手方の主張する各公園・施設の閉鎖の目的(美竹公園の閉鎖における「災害時の一時集合場所の整備の工事」、駐車場の閉鎖における「地上の工事の機材の置き場として使用する」)には緊急性や3か所同時に工事等を実施すべき相互関連性が乏しいこと、駐車場に至っては地上の工事が終了した後も閉鎖が続いていること等に鑑みれば、単に美竹公園・駐車場等の工事等のために行われたものとは言いがたい。美竹公園や駐車場がホームレスの人々の起居の場として渋谷区及びその周辺のホームレスの人々の間で有名であったことを考えると、その真の目的は、美竹公園や駐車場等に起居するームレスの人々を一掃しようとしたこと、すなわちホームレス排除自体が本件同時封鎖の目的であったといわざるをえない。

 また、本件同時排除では、ホームレスの人々だけでなく、その支援団体も同時に各公園・施設から排除された。支援団体である申立人聖公会及び申立人のじれんのボラランティアたちは、住むところもお金もない極貧のホームレスの人々に対し人が生きていくための最低限の支援を長年行ってきた。本件同時排除は、こうした生活困窮者支援活動を無にした。ここにみられるのは、ボランティアを排除することによってホームレスの人々の「生きる手段」(これは、生活の手段ではなく、生命・身体を維持する手段である。)を奪うという構造である。その行為は、ホームレスの生存権にとどまらず、生きる権利を侵害するばかりでなく、行政の生活困窮者対策の不足を補って真摯に活動しているボランティアに牙をむけたという点で著しく相当性を欠く行為である。

 本件では、事前の予告がない「抜き打ち」の閉鎖であったこともあいまって、相手方の目的及び手段の不法性は著しい。

(2) 憲法25条違反、生活保護法違反

 申立人ら(個人)をはじめとする美竹公園・駐車場・公衆便所に起居するホームレスの人々は、その必死の努力により公園にテント等を建てたり、駐車場等の暗黙のルールを守って段ボールで寝床を使ったりするなどして、寝泊まりしていた。

 そして美竹公園や駐車場では、それぞれ週に1度、支援団体による炊き出しが行われ、飢えをしのぐことができた。

 これは、憲法25条1項の保障する「健康で文化的な最低限度の生活」の水準に満たないものであったとはいえ、申立人ら(個人)が命をつなぐための超最低限の生活をする基盤を築いていたものというべきである。本件同時封鎖は、公権力の行使によって上記のような申立人ら(個人)の命綱ともいうべき生活基盤を根こそぎ奪うものであった。申立人ら(個人)は、単に雨露をしのぐ起居の場を失うだけでなく、わずかに食いつないでいくための支援団体の炊き出しも排除され、その恩恵を十分享受することが困難になったのである。

 そして、公権力が、ある特定の者の生活基盤を根こそぎ奪う行為を行う場合には、その当事者らが生存権(憲法25条)で保障される「健康で文化的な最低限度の生活」を維持できるよう、代替手段を提供すべきである。そして、上記の代替手段として提供される「健康で文化的な最低限度の生活」の水準は、憲法25条の生存権の具体化である生活保護法により実際に保障される生活水準でなければならない。

 しかし、相手方は、上記の水準を満たす代替策(具体的には生活保護)を当事者らに具体的に提示・誘導することなく、突如として、本件同時封鎖に踏み切り、寝起きの場所を奪った。相手方の生活保護を実施するセクションである渋谷区生活福祉課は、本件同時封鎖を事前に知らされておらず、支援団体の通告によって初めて本件同時封鎖を知って、大いにあわてるという有様であった。このことからも、相手方が代替策の提示を全く考えていなかったことは明らかである。

 したがって、本件同時封鎖は、申立人ら(個人)その他のホームレスの人々の生存権を侵害するものとして、生活保護法さらには憲法25条1項にも違反する。

(3) 憲法13条、22条1項違反

 本件同時封鎖は、困窮等様々な事情により他に居住する場所を有しなかった申立人ら(個人)その他のホームレスの人々が寝起し、炊き出し等の支援を受けていた場所から、彼らを一方的、強制的に排除しようとするものである。

 そして、美竹公園・駐車場・公衆便所は、ただ単に寝起きする場所というだけでなく、ここを拠点にして申立人ら(個人)は生業に就き、社会に貢献し、コミュニティを形成していました。つまり、美竹公園・駐車場・公衆便所は申立人ら(個人)の人格的生存の基盤だった。

 また、起居の場と炊き出しは、ホームレスの人々によって、生きるための最低限の基盤であり、これを奪うことは生命・身体に重大な危険を生じさせる可能性もある重大な行為である。

 このような人格的生存の基盤を奪うことは、重大な人権侵害につながるので、十分な代替策を提示して、人格的生存の基盤を確保できるように誘導することが必要である。

 しかしながら、(2)で述べたとおり、相手方は、十分な代替策への提示・誘導を行うことなく、突然、本件同時封鎖を行い、ホームレスの人々の生依存を脅かした。

 したがって、本件同時封鎖は、憲法22条1項が保障する申立人ら(個人)その他のホームレスの人々の居住・移動の自由及び憲法13条が保障する幸福追求権を侵害するものとして違憲、違法の行為である。

(4) ホームレス自立支援法11条違反及び社会権規約11条1項違反

2002(平成14)年8月に成立したホームレスの自立の支援等に関する特別措置法11条は、公共施設の管理者は、「当該施設をホームレスが起居の場所とすることにより適正な利用が妨げられているときは、ホームレスの自立の支援等に関する施策との連携を図りつつ、法令の規定に基づき、当該施設の適正な利用を確保するために必要な措置をとるものとする」と定めている。

そして、同法制定にあたっての衆議院厚生労働委員会の付帯決議は、上記11条の「必要な措置をとる場合においては、人権に関する国際約束の趣旨に十分に配慮すること」としている。

 ここにいう「国際約束」とは、国際人権規約の社会権規約11条1項が保障する居住の権利及びこれから派生する強制立ち退きの禁止を意味している。

社会権規約11条1項は「適切な居住の権利」を保障しており、その内容として、①当事者、関係者との実効的で十分な協議及び交渉(適正手続の保障)と、②適切かつ十分な代替措置を講じること(住居の提供等)なく強制的に立ち退かされないことを権利として保障しているもの(占有の法的保障、強制立ち退きの禁止)と解されている(社会権規約に関する「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」の一般的意見第7、1997年)。

 したがって、相手方が行った申立人ら(個人)の締め出しは、そこに起居するホームレスの人々を強制的に排除するものであったから、その前提として、支援団体を含む申立人らと十分に話し合いを行い、敷金支給によって居宅を確保した上での居宅保護の開始(生活保護法30条1項、2003(平成15)年7月31日付厚生労働省社会・援護局保護課長通知「ホームレスに対する生活保護の適用について」、同日付厚生労働省社会・援護局長通知「『生活保護法による保護の実施要領について』の一部改正について」)をはじめとする適切な代替措置を講じなければならなかった。

 本件の場合、相手方は、生活保護の担当部署である生活福祉課などを通じて、申立人らと話合いをするチャネルもあり、美竹公園・駐車場・公衆便所で寝起きすること等を長期間黙認してきたという経緯もあるだから、立ち退きを求める前に、申立人らとの間で事前に真摯な協議をして、生活保護法等による代替措置に誘導するべきであった。

 しかし、相手方は、申立人らに対し、十分な話し合いも適切な代替措置も講じることなく、本件同時封鎖を行った。

 したがって、本件同時封鎖は、ホームレス自立支援法11条及び社会権規約11条1項に違反し、違法であることは明らかである。

(5) 自由権規約17条違反

 市民的及び政治的権利に関する国際規約(以下「自由権規約」という。)17条は、住居につき恣意的又は不法に干渉されない旨規定している。自由権規約委員会が採択した一般的意見によれば、ここにいう「住居」とは、人の住んでいる場所又は日常の職業を行っている場所を示すと解されており、除却命令の対象となるものと思われるテント等はこの「住居」に該当する。駐車場・公衆便所も毎晩寝起きの場所に使われていたのですから、やはり「住居」に該当する。

 申立人ら(個人)その他のホームレスの人々の居住権の保護を無視して行われた本件同時封鎖及び除却命令の発令へ向けた準備は、申立人ら(個人)その他のホームレスの人々の「住居」に対する「不法な干渉又は攻撃」ですから、自由権規約17条に違反し、違法である。

(6) 都市公園法違反及び行政代執行法違反

 相手方が美竹公園において発令した除却命令に基づく強制代執行(2012(平成24)年7月30日執行のもの。)は申立人らのテント等の除去を目的としていた。しかし、その真の目的はテント等の除去ではなく、公園の敷地の明渡し、すなわち「与える債務」の強制的実現であり、「為す債務」のそれではない。

 したがって、相手方が上記の目的(公園の明渡し)を実現するためには、民事訴訟(またはそれを前提とした民事保全)に基づく直接強制によらなければならない。直接強制が可能である以上、公園内の本件テント等の撤去という明渡しの一部分のみを取り上げて行政代執行という手法によって公園の明渡しという目的を実現することは許されない。

 都市公園法6条も、「占有」ではなく、わざわざ「占用」との文言を用いている。人の「占有」は同法6条の問題ではない。人の「占有」を排除するために、同法6条違反に対処するための都市公園法上の措置(具体的には除却命令)を講ずることはできない。したがって、公園のホームレスの人々を排除する目的のために、都市公園法27条1項1号に基づく除却命令を発することは許されない。

 そして、かかる除却命令に基づいてなされた美竹公園の行政代執行は、適法な要件を欠くものとして違法である(行政代執行法違反)。

 以上のとおり、本件同時封鎖に引き続いて行われた美竹公園における都市公園法27条1項1号に基づく除却命令及びこれを強制するための行政代執行は、違法である。

 なお、ホームレスの強制退去の方法に関し、国際連合の「経済的、社会的及び文化的権利に関する委員会」(以下、「社会権規約委員会」という。)は、日本政府報告に対する最終見解(2001(平成13)年9月24日)において、「30.委員会は、強制立ち退き、とりわけ仮の住まいからのホームレスの強制立ち退き(中略)に懸念を有する。この点に関し、委員会は、特に、仮処分命令発令手続においては、仮の立ち退き命令が、何ら理由を付すことなく、執行停止に服することもなく、発令されることとされており、このため、一般的性格を有する意見4及び7に確立された委員会のガイドラインに反して、あらゆる不服申し立ての権利は無意味なものとなり、事実上、仮の立ち退き命令が恒久的なものとなっていることから、このような略式の手続について懸念を有する。」との懸念を表明した。ここで社会権規約委員会が問題にした「仮の立ち退き命令」は行政代執行手続を指すことは明らかであった。しかし、これに対し、政府は、2009(平成21)年12月の「経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約第16条及び第17条に基づく第3回報告(パラグラフ57)」において、「民事保全法における仮処分命令手続においては、命令にはその理由を付さなければならないとされている(民事保全法第16条)。」として民事保全法の仮処分手続が社会権規約委員会の一般的意見に反しないことについて長文で述べた末、「最終見解は、前提である法制度について、事実を誤認しているものである。 日本における仮処分命令発令手続を含
む立退き命令については、一般的な性格を有する意見4及び7において委員会が明示したガイドラインに反するところはない。」と説明した。したがって、日本政府の上記対外的見解も、明らかに、ホームレス(人間)を排除する場合には民事保全法の仮処分ひいては民事執行法による本執行の手続きを必要とすることを当然の前提にしているのというべきである。

9 第三者の憲法上の権利の援用

 本件同時封鎖は、申立人のじれん、申立人聖公会及び申立人Eの活動を制限するものである。

 これらの活動は、申立人ら(個人)をはじめとする、炊き出し等の支援活動に集うホームレスの人々や生活困窮者が生きていくための最低限度の命綱であった。そして、本件同時封鎖によって、申立人のじれん、申立人聖公会及び申立人Eが支援活動を十分に継続できなくなったことにより、申立人ら(個人)その他の多くのホームレスの人々及び生活困窮者は生きていく糧を得る手段を失う羽目になった。

 こうした相手方の行為は、8(2)(3)で述べたのと同様に、申立人ら(個人)その他の多くのホームレスの人々及び生活困窮者の生存権(憲法25条)や、居住の権利(憲法22条1項)及び生命・身体・人格的実存を維持するための幸福追求権(憲法13条)を侵害する行為である。

 そして、申立人のじれん及び申立人聖公会(これを申立人Eは手伝っている。)が行う炊き出し等の支援活動に集うホームレスの人々や生活困窮者は、住所もない無名の人々である。したがって、申立人のじれん、申立人聖公会及び申立人Eが、支援活動に集うホームレスの人々や生活困窮者らの憲法上の権利に対する侵害に基づく違憲、違法を主張することは適切な状況にあり、彼らに実質的な不利益を生じさせないので、彼らの憲法上の権利(憲法13条、22条1項、25条)に対する侵害を援用することができる。

 したがって、相手方が、本件同時封鎖によって、申立人のじれん及び申立人聖公会(これを手伝っていた申立人Eを含む。)の活動を著しく制限したことは、憲法13条、22条1項、25条に違反するものとして、違憲、違法な行為である。

10 以上の通り、相手方が行った本件同時封鎖及びホームレスの排除は、憲法13条、22条1項、25条に違反するとともに、上記の法律及び国際人権規約に反する違法な行為であって、申立人らに対する重大な人権侵害行為である。

 よって、申立人らは、相手方に対し、上記の人権侵害行為を救済するため、これをいったん封鎖前の原状に回復して、野宿者の寝泊まり及び支援者の支援が可能な状態に戻すとともに、申立人らと十分に話し合いを行い、生活保護法3に従った居宅保護の開始をすすめるよう求め、本件人権救済申立てに至った。
                                                                  以上
                                      
                                        

渋谷区による三ヶ所同時野宿者排除に対する人権救済申立に関しての記者会見資料

渋谷区による三ヶ所同時野宿者排除に対する人権救済申立記者会見資料

2013年3月21日(於弁護士会館)

陳述書(一部抜粋)
陳述者A
 理学療法士の助手を平成19年に解雇され、その後は各地でアルバイトや日雇いの仕事をやっていました。そのころから、たまに通勤の電車賃を節約するために野宿をしていましたが、次第に仕事が減り、家賃が払えなくなりました。平成22年ころより都内で野宿(ベンチやマクドナルドなど)していました。
 平成22年度5月くらいに宮下公園でテントを張りました。しかし、同年9月15日宮下公園が渋谷区によりフェンス閉鎖され追い出されました。3ヶ月ほど「のじれん」の事務所で寝起きさせてもらいましたが、同年12月はじめに美竹公園にテントをたてました。翌年の夏になると、風通しが悪いテントが暑くてベンチなどで寝るようになり、8月には区役所地下駐車場で毎晩眠るようになりました。荷物は美竹公園のテントに置いていました。寝場所を確保するために継続的に地下駐車場で寝ることにしたということもあります。
 平成24年6月10日の夜も地下駐車場で寝ていましたが、11日の朝4時30分ころ起床し、美竹公園に寄って道路清掃の仕事に行きました。仕事を終え午後に美竹兌園にもどってきた時に公園の封鎖を知り、その時に地下駐車場の封鎖を公園前に集まっている人から聞きました。
 地下駐車場は雨とか雪とか強風の時にも過ごせるからよかったです。美竹公園は、荷物がおけて助かりました。ただ、バスケットボールコートのすぐ脇だったため、昼10時ころから若者たちが集まり居づらかったです。「聖公会・渋谷」の炊き出しもだいたい毎週行っていました。美竹公園につくったテントは「のじれん」からもらって特に最初の冬は助かりました。
 急に封鎖されて美竹公園に入るのが困難だったため、荷物の整理も出来ず、代執行の前に大急ぎで出すことになりました。公園への出入りは警備員に阻まれ、警備員が渋谷区の職員を呼び職員が来たときしか公園に入れませんでした。また、入れた場合も職員が張り付いているためゆっくりと荷物を整理することも出来ませんでした。明治通りに仮に荷物を移した時に、大切な荷物を荒らされ困りました。公園に置いていた部品の利用を考えていた自転車も勝手に捨てられてしまいました。
 公園の荷物の半分以上は、持ち出せなかったので渋谷区に捨てられてしまいました。
 6月11日以降現在まで、眠る場所も公園のベンチで横になるかマクドナルドで座ったままの状態で睡眠をとりづらいです。また、荷物の置き場に困り毛布や寝袋も持ち歩くことになり、大変です。
 渋谷区には、私たちに対してひどいことをしているのに、表では立派なことを言っているのがおかしいと思います。調子のいいことを言って、ほかの区にホームレスを押しつけて、自分の区さえ良ければいいのか、と思います。

陳述書
陳述者 B
 私は今、70歳です。いろいろとあり野宿になったのは、数年前。
 雨にうたれない、寒さもしのげる、ということで、地下駐で寝るようになったのは、1昨年9月からです。毎日寝ていました。近くにトイレがあり、便利でした。私のほかにも野宿している人がいて、安心できました。いやされる雰囲気もありました。地下駐では、聖公会・渋谷の方々が炊き出しをしておられ、おにぎりをもってきてくれるグループもあって、助かりました。
 その後、地下駐から離れた時期もありましたが、冬になり、まだ野宿しているようだったら、また地下駐で寝よう、と決めていました。
 地下駐で寝られなくなった、と聞いたのは、昨年6月11日、封鎖されたその日でした。友だちから聞きました。
 地下駐がダメになり、寝場所に困っています。今年の冬は、とくに寒いので。
 東京都は雨の日、都庁第2庁舎で寝かせてくれます。なのに、渋谷区はどうして地下駐を開けないのでしょうか。強い者に弱く、弱い者に強く出るのはおかしい、と渋谷区にいいたいです。

陳述書
陳述者C
 私は今、67歳です。野宿になったのは、3年前でした。それまで都内の建設会社で働いていたのですが、高齢のため仕事につけなくなり、野宿に至りました。
 最初、私は新宿駅西口地下で野宿していました。が、西口地下は横になれる時間が遅く、朝も早く起きてダンボールをかたづけなくてはならない。もっとゆっくり休めるところはないか、と考えていたところ、友だちに「地下駐をのぞいてみよう」と誘われ、いっしょにいってみました。地下駐は、西口地下よりも横になれる時間が早く、朝も早起きする必要がなくて助かりました。地下駐にとめられている車が風をさえぎってくれて、それほど寒くなかった。もちろん、雨に打たれることもなかった。野宿している人もよい人が多く、友だちもできました。
 何よりも聖公会・渋谷の方々にお会いでき、生活保護申請の応援をしていただきました。1年前、私はアパートか移ることができました。聖公会・渋谷の方々には、本当に感謝しています。
 地下駐が封鎖されたのを知ったのは、封鎖から4日後、聖公会・渋谷の方々による地下駐炊き出しのときでした(私は3年前からずっと地下駐炊き出しを手伝っています)。風雨の心配をせずに寝られる場所は、なかなかありません。渋谷区には、地下駐を元の状態に戻してほしい、といいたいです。

陳述書
陳述者D
 私が野宿になったのは、3年前の10月だったと思います。最初は、代々木公園のベンチなどを点々としました。毎週土曜日、東京都・児童会館の玄関口で行なわれていたのじれんの炊き出しに顔を出すようになったのも、このころでした。
 のじれんの炊き出しを通じ、2年前の3月から、児童会館の玄関口での「集団野宿」に加わりました。雨風がしのげるので、毎日ここで寝ていました。寝場所が安定しホッとしたのを覚えています。
 2年前の4月、児童会館の玄関口にロープが張られ、追い出されそうになりましたが、のじれんに応援してもらって児童会館の責任者と交渉し、追い出しを食い止めることができました。が、その5カ月後の9月、児童会館の責任者から「震災を受け補強工事を行なう」「ついては児童会館を全面閉鎖する」と通告され、1カ月ほどみんなで粘りましたが、結局11月1日、児童会館は閉鎖されてしまいました。仕方なくその日から、美竹公園のバスケットコートの横に、夜の間だけテントを張って、児童会館を追い出された仲間と寝ることにしました。それからしばらくして、美竹公園に私専用のテントを作りました。
荷物をテントに置いておけるので、仕事にもいける。久し振りに、落ち着いて暮らすことができるようになりました。
 しかし去年6月11日の朝、工事の音で目が覚めると、アッという間にガードマンに囲まれてしまいました。渋谷区の職員に「ここから早く出ていって」といわれました。ふと見ると、美竹公園はフェンスで封鎖されていました。7月30日には行政代執行が強行されました。この前後で、自分はこの先どうなってしまうのか、不安で一杯でした。体調を崩したこともありました。
 今、私は別の場所で野宿しています。渋谷区には、もう追い出しをしないで、といいたいです。


渋谷区立美竹公園の閉鎖、公園内での行政代執行及び現在の夜間閉鎖の人権侵害に関する調査及び渋谷区への警告を求める陳述書

渋谷・野宿者の生活と生存をかちとる自由連合(のじれん)

申し立ての理由
 渋谷・野宿者の生活と生存をかちとる自由連合(略称:のじれん)は、1998年4月に結成された野宿者支援団体であり、渋谷を中心に毎週土曜日の共同炊事(炊き出し)やパトロール(夜間巡回)、医療相談などの日常活動や夏まつり、越年闘争(年末年始の炊き出し等特別支援活動)などを現在に到るまで取り組んできた。結成直前の1997年11月より美竹公園に隣接する東京都児童会館
玄関前敷地を活動の主な拠点としてきた。活動当初より渋谷区公園課は(以下、公園課という)近隣住民の苦情を理由に当該活動に対してクレームをつけてきたが、しばらく後にはそれもなくなり、2012年6月11日の突然の閉鎖工事に到るまでのじれん所有の共同炊事(炊き出し)の物資などを保管していた倉庫に対して何ら撤去の警告行為はなく、黙認状態であった。
 昨年6月11日、渋谷区は、渋谷区立美竹公園、渋谷区役所人工地盤下駐車場、渋谷区役所前公衆便所の3か所を工事名目で一斉に閉鎖し、そこで寝ていた野宿者を排除した。その際に、公園課から15年以上美竹公園で共同炊事を続けてきたのじれんに対して、また美竹公園に寝泊まりしていた野宿者に対して、何ら事前の相談・連絡は行われなかった。なお、毎週土曜日に欠かさず行われていたこの美竹公園での共同炊事には、最大で約300名の野宿者、6月11日の突然の閉鎖直前では150名程度の野宿者が集まっていた。
 さらに美竹公園においては、昨年7月30日、私たちの共同炊事(炊き出し)の物資などを保管していた倉庫や、9名の野宿者のテント、荷物などが、渋谷区による行政代執行により強制撤去された。災害時一時集合場所整備工事をその理由としているが、昨年9月28日の工事終了後も午後10時半から午前8時半まで夜間閉鎖され、野宿できない状態になっている。そもそも災害時の一時集合場所を夜間閉鎖すること自体、矛盾に満ちている。渋谷区による一連の暴挙は、渋谷区からの野宿者排除と支援団体潰しを目的としたものであることは明らかである。
 昨年6月11日以降、渋谷区による強制排除・撤去によって、野宿者は寝場所を奪われ、食の場を奪われ、生命を脅かされてきた。政府や自治体の生活保護や自立支援といった対策が野宿者をはじめとする貧困者の現状とその問題解決にまったく追いついていない現在、そして未だに野宿者を次々と生み出していく社会経済構造が変化する兆しさえ見えない現在、次々と生み出される野宿を余儀なくされた人々は、まず生きるために寝場所を確保し、炊き出しに頼らざるを得ない。2012年12月以降、美竹公園での共同炊事を再開することはできたが、共同炊事の物資等をを美竹公園に保管することはできず、野宿者支援において支援の負担が非常に大きくなっていて活動に対する支障は大きい。実際、昨年末12月29日から今年1月3日までの越年闘争においては、毎日すべての物資を運び込んでの設営と撤収を繰り返すこととなり、非常に負担が大きいものであったし、夜間閉鎖のため例年の越年闘争とは異なり、寝場所のない野宿者たちの集団野営の場をつくることさえできなかった。これ以上の美竹公園の夜間閉鎖はまさに行政による殺人行為に他ならず、早急に解除されなければならない。
 美竹公園だけではない。前述の区役所地下駐車場、神宮通り公園(北側)も、宮下公園も夜間閉鎖が続いている。渋谷区は、都市再開発をテコとした野宿者排除、敵視政策をあらためるべきである。今回の一連の渋谷区の人権侵害について調査をし、渋谷区に対して、美竹公園等の夜間施錠を解除するよう、また今後、渋谷区内においてこのような野宿者の排除を行わないよう警告していただくことをお願いしたい。

陳述者
渋谷・野宿者の生活と生存をかちとる自由連合(のじれん)
代表  黒岩大助

陳述書

聖公会野宿者支援活動・渋谷
 私が教会の仲間とともに渋谷区役所人工地盤下駐車場(以下、「区役所駐車場」)を初めて訪れたのは2004年12月26日の夜でした。その一か月ほど前の夜9時ごろ、当時所属していた教会(日本聖公会●●教会、●●●●)に、一人の青年が食事と寝る場所を求めうてやってきました。
「自分がいるところはとても寒くて眠れない、何日もごはんを食べていない、助けてほしい」と言うその青年の寝場所が区役所駐車場であり、そこに約40人の方々が寝泊まりしていることを知りました。その後、その青年の痩せこけ疲れ切った姿が頭から離れず、クリスマスに食事を届けに行くことにしたのです。
 初めて訪問したその夜、区役所駐車場には約30人の方がダンボールで寝場所を作って寝ていました。その方々に声をかけて、豚汁、おにぎり、ゆで卵、みかんをお渡ししました。道路から駐車場に流れ込んでくる風はとても冷たく、温めてきた豚汁はあっという間に冷めてしまいました。世間で「ホームレス」と、ともすれば差別的な意味合いを込めて冷ややかに呼ばれている野宿生活者のみなさんは、どなたも温かかったです。しかしそぎ温かさとは裏腹の、野宿生活する方々の現状の厳しさを目の当たりにし、「これがわたしたちの住む同じ場所で起きていることなのか」と衝撃を受けました。そして毎月1回定期的に給食を行うことを決めました。
 最初の2度は夜行きましたが、3回目からは最も寒い時間でもあり、みなさんが起き始める時間でもある朝4時にカレーライスを持って行くようになりました。
 数ヶ月も経たないうちに渋谷区役所経理課管財係の●●さんから、教会に電話をいただきました。
 さっそく教会の司祭とともに●●さんのもとに伺うと、「駐車場で食事を配られては困る」とのことでした。しかし私たちは、尊いいのちを守るための行動であることを説明し、●●さんから「これ以上は私も何とも言えません。とにかく区としては困る、ということだけを伝えます。」「火だけは絶対に使わないでください。」というお言葉をいただいて話を終えました。
 たとえ目的外使用だとしても、住まいもなく食事に事欠く状態の方々がそこに寝泊まりしていることを知った以上、見過ごすことはできませんでした。
 その後私たちの活動は月に2回になり、さらには毎週1回になっていきました。同じ教派の浅草聖ヨハネ教会日曜給食活動で配るお弁当が余ると、それをもらって臨時に配ることも度々ありました。週にたった一度か二度のわずかな食事にもかかわらず、野宿生活する方々は、「ありがとう」「ありがとう」、時には深々と頭を下げて「ありがとうございます」とおっしゃってくださいました。そのたびに、自分たちの活動の足りなさに心を痛めてきました。
 区役所駐車場に寝泊まりする方々や給食を求めて集まる方々との交わりが深まるにつれ、野宿生活者の置かれた様々な厳しい状況に触れることが多くなり、自ずと私たちの活動も拡がっていきました。厳冬期には使い捨てカイロやマスク、軍手、防寒服などを、夏にはタオルや石けん、またひげそりや歯ブラシなどに日常生活に必要なものを配り始めました。また、体調を崩している方も多く、市販の風邪薬や胃腸薬、シップなども配り始めました。

 2008年11月、よく存じ上げている野宿生活者の方が3人の警察官に取り囲まれている場面に遭遇しました。そして渋谷警察署が管轄内の野宿生活者だけを狙って、指紋と顔写真の採取をしていることを知りました。すぐに給食に集まる方々にアンケート調査を行ったところ、多くの方が被害にあっており、区役所駐車場にも警察官が来たことを知りました。すぐに抗議文を作成し、渋谷警察署への抗議を行うと共に、野宿当事者の方々に、渋谷警察署の行為が著しく人権を侵害する行為であることを説明しました。そして他の野宿者支援団体と共にこの事件に対しての取り組みを行いました。
 この事件により、野宿生活者への差別や排除、嫌がらせが、行政によっても行われていることに非常に驚くと共に深い憤りを覚え、以降、野宿生活する方々への物質的(食事や衣類、薬など)な援助だけではなく、野宿生活者の尊厳を蔑ろにする様々な出来事に対する取り組みへと押し出されていきました。

 2008年12月、大量の派遣切り・雇い止めが起き、多くの人が路上に放り出され、私たちの給食に集まる人も、80~90人に増えました。そしてそこで、多くの人が行政に助けを求めたにもかかわらず適切なサービスを受けられず、絶望と嘆きの中にあることを知りました。渋谷警察署による指紋・顔写真採取に続き、本来であれば最後の頼みの綱であるはずの福祉行政がまったく機能しないどころか、逼迫した状態にある野宿生活者に対して不適切な対応がなされていることを知り、生活保護申請同行等の支援も行うようになりました。
 実際に支援を始めてみると、福祉事務所の対応は想像以上にひどいものでした。特に渋谷区福祉事務所の対応は「水際作戦」そのもので、相談に行っても「初めての人はだめ」「よそに行け」「あなたは派遣切りじゃなくてホームレス、残念でした」などど、ほとんど受け付けない状態でした。
また、私たち支援者に対しても「何しに来たのか?」「関係ない人は来るな」などと言ったり、相談者に「支援者を連れてきたらうまくいかない」などと吹聴したりしていました。
 なんとか生活保護申請書をもらって申請することができても(当時は求めても、申請書すらもらえなかった)、劣悪な環境の宿泊施設への入所を強要し、それを拒否するとそれ以降の対応をしてもらえなくなったり、やむなく我慢して入った施設に数ヶ月どころか1年以上も放置されたりしました。アパート転宅についての案内もなく、一時金申請書を提出しても認めてもらえず、一度でも施設を出たりすると「二度と来るな」と言われるなど、とても福祉事務所とは思えない対応や暴言が当たり前のように繰り返されていました。
 区役所駐車場には、そうやって行政に助けを求めたかもかかわらず、むげなく断られ住居に住むことをあきらめざるを得なくなった方々も多くいました。

 2009年3月、渋谷区議会で区役所駐車場にフェンスやシャッターを設置することが決まったことを知りました。シャッターが設置されると、夜間・休日に立ち入ることができなくなる、つまり、寝泊まりしている人たちが寝場所を失うことになります。渋谷区が、区役所庁舎内で野宿せざるを得ない人々を助けないどころか、さらに寝場所や食事を得る場所までも奪うなど、ありえない、あってはならない、その一心で、駐車場に寝泊まりしている野宿当事者の方々や他の野宿者支援団体と共に閉鎖反対・阻止の運動を展開し、話し合いによる解決を求め、担当責任者である経理課長との話し合いを繰り返しました。
 2009年9月23日、「休日には工事を行わない」という約束を破り、渋谷区は突然、駐車場にフェンスとシャッターを設置しました。この時は封鎖こそされませんでしたが、寝泊まりしている人たちの不安と動揺はますます強くなりました。
 2010年2月9日、区役所駐車場内の柱かに3月1日全面封鎖の告知が貼り出されました。多くの支援者や野宿当事者の力によって、3月1日の「全面封鎖」は阻止しました。しかしその後、またしても渋谷区は、「かならず事前に告知する」という約束を破り、8ヶ所あるシャッターを無断で閉め始めたため、駐車場の業務終了時刻に野宿当事者や支援者が集まり、閉鎖しないように求める運動を3か月間(6月末日まで)にわたり毎日続けました。この行動によって、4月15日の二度目の全面封鎖の危機も、その後の危機も乗り越えました。
 この運動の間、私く再三再四にわたり、「福祉事務所はこの駐車場のワンフロア上にあるのだから、福祉事務所の職員がここに来て、きちんと説明や案内をすべき。ここに福祉事務所の職員に来てもらいたい。」とお願いし続けました。しかし、福祉事務所が直接出向いてきて対応することは一度もありませんでした。
 この時の何度かの話し合いの中で、私たちは、駐車場に寝泊まりしている方の多くが過去に水際作戦やひどい対応を経験して、「自分たちはアパートには住めない、野宿しかない」、また「生活保護を受けられたとしても劣悪な施設に入れられる」と思っていること、しかし「もし本当にアパートに住めるのなら、生活保護を受けたい」と思っていることを知りました。そこでホームレス総合相談ネットワークの法律家に来ていただき、「生活保護勉強会」、「申請準備会」などを行い、申請同行や申請後のフォロー、アパート探しの手伝いなどを行いました。閉鎖阻止運動と並行して約3か月間、ほぼ毎日渋谷区役所や駐車場に通うこととなりましたが、結果として約35人の方々が生活保護を受けられることになりました。
 しかし、寝場所を求めて区役所駐車場に来る人は途切れることなく、常に30~50人程の方々が寝泊まりしていました。

 2011年3月11日東日本大震災直後から、給食に集まる人は150人を超え多いときには200人が集まるようになりました。支援の必要性はますます高まり、私たち自身も経済的、物理的な困難を抱えながら、何とか必要に応えようと必死でした。
 そんなさなか、2011年6月から7月にかけて4週にわたり、渋谷区経理課長や総務課長、総務部職員、警備員など
5~7人が、給食活動のために荷物を駐車場に運びこもうとする私たちの前に立ちはだかり駐車場への出入りを阻止し、「区の管理する場所に勝手に入るな」「誰の許可を得て使用しているのか」「今日も勝手に使うつもりか」「何を配っているのか知らない」「ここでやるな、別の場所でやれ」「教会でやれば」「どこでできるか私たちには関係ない、自分たちで探せ」「人が増えたから迷惑かおる」と言いに来ました。「炊き出し妨害」「炊き出し追い出し」というとても行政とは思えない態度に失望すると同時に、支援者をも排除しようとする渋谷区に激しい憤りを感じました。
 抗議の末、4週にわたる渋谷区による炊き出しの妨害行為はなくなりましたが、この出来事の後、渋谷区は「節電」と称して駐車場の照明をすべて切るようになり、私たちの活動は、真っ暗闇の中、持参したランタンの明かりだけを頼りに行われるようになりました。
 ちなみにこの妨害行為の最中に、炊き出しを待っていた方が意識を失って倒れるという出来事がありましたが、経理課長・総務課長はじめ区の職員は、私たちがその方に対応している間にいなくなりました。

 2012年5月に渋谷区役所に寝泊まりする野宿生活者の生活や私たちの取り組み、都内各所で起きている行政による排除の問題などを記録したドキュメンタリー映画「渋谷ブランニューデイズ」が出来上がり、その映画を観て、私たちの活動が暗闇の中で行われているこえを知った●●さん(●●僧侶、浄土宗社会委員会「ひとさじの会」)が、発電機とライト(投光器)を寄付してくださいました。●●上人が持ってきてくださった発電機とライトを野宿の仲間たちがセッティングして、駐車場に明かりが戻った瞬間、集まっていた人たちの列から拍手がわきました。用意したパンが明かりに照らされ、以前のように好みのパンを選び、お茶を手に、お互いの顔を見ながら会話ができるようになりました。
 しかし、すぐさま警備員が発電機の使用を中止するようにと言いに来ました。理由はガソリンを使用しているから危険だとのことでした。「5リットルのガソリンが危険だというなら、何十リットルものガソリンが入った何台もの車が駐車されている場所を真っ暗にする方がよっぽど危険であるはず、駐車場の照明を灯けてほしい」とお願いしましたが、まったく聞き入れられませんでした。
 数台の自転車しか置かれていない駐輪場にはいつも明かりが灯っていました。その理由を聞くと「自転車を取りに来る人の安全のため」だと警備員は言います。ここにも、野宿生活者に対する渋谷区の差別意識がはっきり表れていました。私は「たった数人のために明かりを灯しておきおがら、ここに200人もの人が集まることを知っているのになぜ明かりを点けないのか。食事のためにここに集まらざるを得ない200人から光を奪うこと自体が人権侵害だ」と抗議しました。渋谷区は、わたしたちの給食活動をチェックし、毎週の給食に集まる人数(警備員が私か人数を聞きに来ていた)も毎晩寝泊まりしている人数も把握していました。その人たちのことを「知らない」とは絶対に言わせません。
 私たちは、そぎ次の週から、発電機を駐車場の外に置くようにし、延長コードでライトをつけるようになりました。

 2012年6月6日の夜、区役所駐車場に立ち寄った私に、「変な紙が配られた」と寝泊まりしている人が紙を見せてくれました。そこには「駐車場は寝泊まりするところではない」ということと、「自立支援システムについて」と題して、自立支援センターについての簡単な説明が書かれていました。特に閉鎖について書かれういるわけでもなく、発行人の名前もおく、何のためにそんな紙が配られたのか、まったく理解できないものでした。しかもその紙は、手渡しされたわけでも説明があったわけでもなく、6月5日の23:00頃、寝ている人たちのダンボールの寝場所の中に、警備員が投げ入れて行ったものです。しかし、一部には「工事の資材置き場になるかもしれない」と警備員から聞いていた人もおり、「追い出されるのではないか」という不安が寝泊まりする人たちの間に広がりました。しかし、支援者が確認したところ渋谷区経理課は「閉鎖はない」と答え、寝泊まりしている方が生活福祉課に聞きに行っても、「もしそのようなことがあるときには必ず事前にお知らせがあるはずだから」との返事でした。私たちはその言葉を信じ、「いくら何でもお知らせはしてくれるだろうから、万が一、お知らせが来たら、どうするかを皆で話し合おう」と寝泊まりする人たちと話をしていました。
 「万が一、追い出されそうになったらどうしたいか」という私の問いに対する駐車場に寝泊まりする方々の答えは、私にとっては意外なものでした。「区役所駐車場に寝泊まりさせてもらっていることをとてもありがたく思っているる。だから、夏の間だけのことならば、あまり騒ぎ立てたくない。冬になる前に戻れるのであれば、数か月は出て外で何とか我慢する。」・・・みな、自らを野宿生活をせざるを得ない状況に追い込んだ社会を責めるわけでも、助けるつもりもなくただ追い出そうとする渋谷区を責めるでもなく、駐車場にそっと寝泊まりさせてくれている渋谷区に感謝し、騒ぎ立てるつもりもなく、抗議するつもりもなく、ひたすら友好的な関係の持続を願っていました。
 しかしその優しい心は一瞬にして踏みにじられることとなりました。

 6月11日午前 8時30分頃、「のじれん」からの一報で、美竹公園に向かいました。その公園を囲むフェンスとフェンスにそって手をつないで立っている警備員、道には機動隊の車両とおびただしい数の私服警官、公園内でテント生活をしてる方々は軟禁状態…信じられない光景が目の前にありました。
 そこにいた福祉事務所の係長に「これは何だ?これが行政のやることか?」と詰めよりました。係長の返事は「わからない。自分が聞いたのも昨日の夜遅くだった。あわてて来たところだ。」でした。
 区役所前の公衆トイレには、6月11日から工事のために閉鎖するというお知らせが提示されていました。トイレも閉鎖されているだろうと思うと同時に、直感的に「区役所駐車場も閉められている」と思いました。案の上、区役所駐車場もすべてのシャッターが閉められ、どの入り口にも警備員が配置されていました。
 この日渋谷区は、野宿生活者が寝泊まりしている3つの場所を同時に閉鎖したのです。
 6月11日は月曜日でした。美竹公園では朝6時頃にはすでにフェンス設置の工事が始められていました。区役所駐車場にも、それまでなかった工事用のフェンスが立てられていました。どちらにも区の警備員ではない民間警備会社の警備員が配置されていました。突然の閉鎖に抗議する私たちには常に機動隊や機動隊の車両、私服警官がついてまわりました。休日をはさんだ翌朝、区役所の業務が始まる数時間も前から、工事や人の配置ができるということは、事前の準備がなされていたことを表します。
 事前にこれほどまでの準備をしておきながら、そこに寝泊まりしている人たちにも支援者にも、一言の通知もありませんでした。区役所駐車場においては、日ごろから、朝6時までに出るようにと警備員に言われていたので、6月11日も、午前5時30分ごろに最後の人が駐車場を出ています。その日寝泊まりしていた誰一人として閉鎖の話を聞いていません。
 渋谷区は、そこに寝泊まりせざる得ない人々が、寝場所がなくなると困ることを知っていながら、一言も告知することもなく着々と準備を始め、時間を守って野宿生活者が出ていったあとで、準備していた工事用フェンスを設置し、シャッターを下ろして施錠したのです。
 この日私は、美竹公園から移動した後ずっと、区役所駐車場の入口に座っていました。突然の閉鎖を知らないで多くの車(区役所を利用する一般市民)が入ってきました。渋谷区議会の議員までもが封鎖を知らずに自転車を駐車しようとやってきて警備員に止められていました。福祉事務所の係長も、区議会議員も知らないところで突然の封鎖は行われたのです。加えて、福祉事務所の職員が閉鎖を知ったのは、6月11日の午後だとのこと、つまり、渋谷区は、閉鎖によって居場所を失う野宿生活者のその後の生活について対応する気はなかったということです。
 区役所駐車場は、「人工地盤下」ですので駐車場の上に庇があり、雨露から身を守ることができます。冬は冷たい風が吹き抜けますが、それでも、庇のない露天よりは暖かいです。厳寒期でなければ、ダンボール数枚で寝場所を覆えば寝ることができたので、たくさんの荷物を持つことのできない野宿生活者にとっては貴重な場所でした。そのせいか、高齢者や病気の方など、公園などでの野宿生活が困難な方も多くいらっしゃいました。その場所を封鎖するということは、単なる寝場所がなくなるということだけではなく、雨露や風にさらされるということであり、野宿生活者にとっては生命の危機にさらされるということです。
 うわさを聞いて、見に来た野宿当事者たちは「まさか」「うそでしょ」「なんで?」「どういうこと」…命に直結する深刻な事態にみな表情は硬く、茫然としていました。
 その日、日が暮れる頃、何も知らない野宿当事者たちが区役所駐車場に戻ってき始めました。23時過ぎに最後の人が戻ってくるまで支援者が入り口に立ち、急遽調達したブルーシートや寝袋などを渡しました。

 6月12日、説明を求めて駐車場に寝泊まりしていた人たちとともに経理課を訪れました。「話し合いたいならあらかじめアポをとれ」という経理課に、「アポもなしに人の寝場所を奪っておいて何を言うか、こちらにとっては一刻の猶予もない深刻な問題だ」と抗議、何とか話し合いの場を確保したものの、目の前に座った経理課長は行政の責任ある職員とは思えない無礼な態度に終始徹していました。(音声記録をご参照ください)
 野宿当事者の方々が、命が危険にさらされる不安を一生懸命伝え、「冬が来る前にもとに戻してほしい、命取りになる」と訴えましたが、その切迫した声にも誠実さのかけらも感じられない態度で、「お約束できません。ご意見として承っておきます。」と連呼し続けました。
 最もひどいのは、「なぜ事前に一言も通知してくれなかったのか」という質問に対する答えです。経理課長は「駐車場は人が寝泊まりしてはいけないところなので、そこにいる人に通知する必要はない。」と答えました。人権侵害どころではなく人命を無視した発言であり、そこに寝泊まりしていた人々の存在をも否定するあまりにひどい発言です。
 先の見えない状態で突然路上に放り出された人たちは、その日から寝場所に困りました。梅雨の冷たい雨が降り続く中で雨をしのぐ場所を確保することは難しく、寝場所を探すためにバラバラになっていきました。
 その後渋谷区は、話し合いを求める私たちの声も一切無視し、連日提出した要望書に対する回答も一切拒否、さらに回答を求めて日参する私たちを、警察を動員(110番通報による)して排除しました。6月12日に経理課が「工事資材置き場として使用するため」と説明した閉鎖理由の工事が終了しても閉鎖は解かないどころか、駐車場には新たなフェンスやシャッターが設置されました。

 突然の排除から4日後の6月15日は毎週金曜日の「ちかちゅう(注)給食」の日でした。その日も多くの方々が食事を求めて集まっていました。しかし、区役所駐車場は閉鎖されており、大勢の警備員が区役所敷地との境界線に立って立ち入りを許可せず、やむを得ず、私たちは駐車場の前の歩道で配食を行いました。

注=「ちかちゅう」とは渋谷区役所人工地盤下駐車場のこと。2010年の排除危機の際に、区職員が「ちかちゅう」と呼んでいたことを知り、以降、私たちも「ちかちゅう」を通称として使うようになった。

 この日以来、私たちの活動も、区役所駐車場ではできなくなりました。駐車場での活動には、区切られた空間であるがゆえにできていたことがありました。配食の際には、何種類かのパンの中からご自分の好みのものを選んでもらえました。また、配食後のお茶タイムでは、各人が好みの飲み物を選び、好みに合わせて砂糖やミルクを入れ、束の間ではありますが、お茶を片手に仲間との時間を過ごすことが出来ました。また、時には古着や日用品を広げて必要なものを持って行ってもらえました。
 配食時には、看護師であるボランティアスタッフ具合の悪い方の対応をし、市販薬をお渡ししていました。また、私たちが来ることを待っていたかのように体調が急変し倒れる方もあり、救急車を呼ぶこともありました。連絡があれば夜中でも早朝でも出かけていき、救急車を呼び病院に同行しました。
 配食時にはしばしば相談を受け、福祉事務所への申請用紙を記入するなどの準備を行ったりしてきましたし、ホームレス総合相談ネットワークの法律家に来ていただいての相談会を実施したりもしていました。申請同行やアパート探しの手伝いなども常時行ってきました。配食には、「ちかちゅう」で私たちに相談し生活保護を申請した方々が、その後の報告に来たり、次の相談に来たり、給食活動を手伝いに来てくれたりもしていました。このように、相談等生活に関わる生活支援は、野宿生活時だけにとどまらず、生活保護申請後のアパート探しや、福祉事務所とのトラブルへの対処、アパート生活での孤独・孤立への対策など、多岐にわたりました。当然私たちの活動も、給食活動を行う金曜日だけにはとどまりませんでした。必要があればいつでも出向き対応してきました。

 「ちかちゅうに行けば何えとかなる」・・・困ったことがあったら区役所駐車場に行けば、野宿の仲間がいて、「せいこうかい(私たちの団体の通称)」がいて、何とかしてもらえる・・・連絡手段を持たない野宿生活者たちにとって区役所駐車場はそういう場所でした。
 何十人もの方が「ちかちゅう」に来て、そこで仲間たちの温かさに支えられて、やがて生きる気力を取り戻し、自分らしさを取り戻して、それぞれの次の人生へと移っていきました。

 これらすべてが、6月11日の排除によってできなくなってしまいました。すべてを渋谷区は奪いました。
 かろうじて歩道上での配食を続けていますが、待つ空間も雨風をしのぐ庇もなくなってしまい、ただ袋詰めした食事を配ることしかできなくなってしまい、食事を求めて集まる方々には苦痛を強いている状態です。

 「ちかちゅう」は、社会から、また行政からも見捨てられた人たちにとっての「町」でした。私たちが地域の中で生きていくのと同じように、「ちかちゅう」にはコミュニティがありました。
 「生きる」ということは、ただ単に生命を維持するために、口から物理的に栄養補給をし、どこでもいいから睡眠時間を確保できればいいということではありません。安心できる空間でゆったりと体を休めて活力を養い、「今日は何を食べようか」と考えたり、何を着ようかと迷ったりすること。人との交わりの中で情報を得、友を得て、時を共有し、思いを分かち合うこと。人には「心」があります。物理的なものだけで無機質に生きていけるものではありません。区役所駐車場はあくまでもコンクリートの駐車場であり、本来は人が寝泊まりする場所ではありませんが、そこに寝泊まりせざるを得ない方々にとっては「ちかちゅう」は野宿生活者の方々が人らしく生きられる心の通う場所でした。
 渋谷区は、庁舎内、福祉事務所の下でもある駐車場に寝泊まりしている人たちに対して、日ごろから対応することもなく、排除に際しても適切な代替措置をとることもなく、そればかりか、突然閉鎖という「だましうち」としか言えない卑劣なやり方で、野宿生活者を追い出しました。生命を脅かし、尊厳を著しく傷つけるばかりではなく、人の存在をも否定する、非人道的な態度を許すことは到底できません。

 私たちの活動は、善意ある人たちからのカンパで成り立っています。また、私がこの活動のため費やしている労力や時間、経費は、すべて自己負担で補っています。
 私が行っている活動のすべては、本来は行政が行うべきものであると思っています。行政が正しく機能していれば、私たちのような支援者は不要のはずです。それでも増え続ける生活困窮者に対応しきれずまったく機能しない渋谷区の福祉行政を少しでも補いたいと考えて活動を続けてきました。すべては人のいのちと尊厳を守るためです。
 渋谷区によって、8年間その足の下で支援活動を行ってきた私の存在も否定されてしましました。福祉事務所にも協力し、区職員にも警備員にも常に礼儀を払い、丁寧に関係を築いてきたつもりでしたが、一瞬にしてすべてが崩壊しました。また、排除された方々のいのちが脅かされ尊厳が傷つけられ、日々疲弊していく姿、悲嘆、苦しみを目の当たりにすることは大きな苦痛であり、その苦痛は今も変わることなく、むしろより大きく耐えがたいものとなっており、今回の排除によって私自身も精神的に深い傷を負いました。

 渋谷区に聞きたいです。人のいのちよりも大切なものがあるのか、と。行政としてという以前にまず人として、この行為に疑問を持たないのか、と。
 人のいのちと尊厳を脅かす行為は、人として許されるものではありません。ましてや、渋谷区という行政が、社会的に弱い立場に置かれた人々に対して、権力を悪用し、有無を言わせぬ形で人の身体と心、つまり人のいのちを踏みにじることは、暴力そのものとしか言いようがありません。渋谷区には、自らの行いを省み、その過ちを認め、行政としての在り方を改めていただきたいです。
 野宿生活をせざるを得ない方々にとって必要不可欠な生きる場所であり、緊急シェルターの機能を果たしてきた区役所駐車場を2012年6月11日の閉鎖以前の状態に戻していただきたい。その上で、誰も野宿生活をしないで済むように、適切かつ具体的な対策を立てて、実行していただきたい。同時に野宿生活者に対する差別行為・差別意識を、渋谷区長はじめ渋谷区職員から徹底的になくしていただきたい。そして二度とこのような行為を行わないと約束していただきたい。
 行政機関、公務員であればこそ、日本国憲法を遵守し、すべての人のいのちを守ることに努めていただきたい。

 なによりもまず、6月11日の複数箇所同時閉鎖によって排除された野宿当事者および支援者に対して、この排除を行った渋谷区長および関係した職員が、直接謝罪することを強く求めたいです。

+主の平和がすべての人とともにありますように

聖公会野宿者支援活動・渋谷
代表 楡原民佳

2013年3月21日渋谷駅周辺特定都市再生緊急整備地域と野宿者排除

渋谷区は美竹公園などに野宿者がいたことを知っていた

渋谷区が美竹公園や宮下公園に野宿者がいたことを知っていました。

そのことは路上生活者概数調査(以前は路上生活者実態調査)のデータからも明らかです。

平成19年8月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0000

美竹公園に1人、宮下公園に27人の野宿者がいることを渋谷区はつかんでいました。また渋谷区役所にも27人の野宿者がいることを把握しています。

平成20年2月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0001

美竹公園に3人、宮下公園に26人の野宿者がいます。

平成20年8月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0002

美竹公園に5人、宮下公園に21人の野宿者がいることを渋谷区は把握しています。テントも21箇所貼られていることを分かっていました。

平成21年1月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0003

美竹公園に2人、宮下公園に30人の野宿者がいることを渋谷区は把握しています。平成20年8月の資料から宮下公園の野宿者は9人増えていることが分かります。

平成21年8月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0004

美竹公園に7人、宮下公園に27人の野宿者がいることを渋谷区は把握しています。平成20年1月調査から美竹公園の野宿者の数は5人増えています。

平成22年2月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0005

美竹公園に4人、宮下公園の野宿者が14人いたことを把握しています。この時点で宮下公園の野宿者が27人から14人と減少しました。2009年10月23日から10月28日まで期間限定で行った政策が功を奏した可能性があります。

注ー詳細は公園課と生活福祉課が行ったホームレス支援の実態を参照

宮下公園に30人弱の野宿者がいたことはこれまでの渋谷区の資料からも明白です。なぜ宮下公園「整備工事」が明らかになるまえから、野宿者支援を行わなかったのでしょうか。

平成22年8月調査です。

路上生活者概数調査_PAGE0006

美竹公園は8人。宮下公園は4人野宿者がいたことが分かります。宮下公園はさらに野宿者が減りました。

様々な理由が考えられますが、渋谷区が用意した代替地に移ったケースもあるでしょう。

詳細は渋谷区が代替地を作ったのはいつでしょうか?にて。

平成23年1月調査です。美竹公園は前回と変わらず8人。宮下公園の野宿者はゼロ人になりました。これは公園の工事中で誰も入れないので当然の結果です。

路上生活者概数調査_PAGE0007

平成23年8月調査です。美竹公園は6人、宮下公園はゼロ人です。宮下公園を夜間施錠したことが大きいです。

路上生活者概数調査_PAGE0008

平成24年1月調査です。美竹公園は4人、宮下公園はゼロ人です。

路上生活者概数調査_PAGE0009

これらの資料から美竹公園、宮下公園とも5年間にわたって複数の野宿者がいたことが分かります。

渋谷区が本当に野宿者支援を重要と思っているのなら宮下公園「整備」や美竹公園整備がなくても野宿者支援をすべきでしょう。

【参考】宮下公園のテントの苦情は3件

今度は宮下公園の資料です。

宮下公園駐輪脇テントに対しての苦情_PAGE0000

宮下公園駐輪脇テントに対しての苦情_PAGE0001

こちらは三件。しかも宮下公園「整備工事」以後のものしかありません。
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Author:よもやま話編集委員会
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