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五野井郁夫氏の『デモとは何か』の宮下公園の記載は具体的資料と合致せず

宮下公園「整備計画」に対しては当ブログ以外でも様々なところで語られてきた。ただし事実確認をせずに思い込みで語る例が見られる。

それは一般人に限らず、専門家や学者と言われるものも同様である。その実例として五野井郁夫氏の『デモとは何か』NHKブックス1190(2012)の宮下公園の記載部分を取り上げる。

この本の全体の評価は知らないが、宮下公園「整備計画」の事実に関しては、間違いが多すぎる。その項目の全文を引用した上で、注という形で事実関係について、指摘したい。

それでは五野井郁夫『デモとは何か』NHKブックス1190(2012)p158~160を引用する。注は宮下公園整備計画よもやま話でつけたもので原文にはないことを改めてお断りしておく。

(以下引用)
 なお、渋谷サウンドデモの出発点・終着点としての歴史的な場となった宮下公園は、2008年(注1)に児童労働や劣悪な低賃金労働の搾取企業として海外では悪名高いグローバルなスポーツ企業のナイキ社が、公園の命名権を獲得し、「ナイキパーク」という名前にして商業施設化、広告空間化しようと狙いを定めはじめる。つまり、本来みながくつろいだりデートをしたりデモで集まったりする無料の場であった公園が、ナイキの商業施設にお金を落とさないと入ることのできない場所になった。はやい話が「お金のないヤツは来るな」という話だ。しかも夜間施錠(注2)されるので、地震などの災害の時の逃げ場にもなり得ない(注3)。この頃はリーマン・ショックという未曾有の金融危機後(注4)であり、公園に寝泊まりせざる得ないホームレスの人々も数十人単位で多くいたのにもかかわらず、である。

 これに対して、いちむらみさこ、小川てつオ、そして1990年代後半に新宿西口のダンボールハウスに伝説的な作品「新宿の左目」を描いた武淳盾一郞らアウトサイダーアート系のアーティストらからなる246表現者会議が主体となり、小田マサノリや藤井光、渡辺篤のような現代美術家もくわわって「みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会」が設立された。ナイキ社のスペクタクルを崩してゆくようなイメージダウンが試みられ、「朝日新聞」や「東京新聞」をはじめ、多くの新聞で取り上げられることとなった。

 守る会は、ペットボトルや空き缶などにどんぐりの実などを入れ、手作りマラカスなど音の出るものをDIYで作るなどのワークショップとティーチ・インを行った。そこにホームレスの人びとが参加することで、宮下公園のナイキ化反対の手作りサウンドデモが数度にわたって、学生や社会人、そしてホームレスの人びととともに皆で行われるようになる。公園内で一部占拠デモもしばらくの間続き、そこでは市民大学や映画の上映会など、多くの試みがなされた。
 だが結局、宮下公園は渋谷区とナイキの手によって強引に「再開発」されてしまった。「ジェントリフィケーション」が遂行されてしまったのだ。
 それでもなお、多くのデモや抗議、そして区議会議員らへの陳情の結果(注5)、現在宮下公園は「ナイキパーク」という名前ではなく「みやしたこうえん」という名前を残すことに成功した(注6)。さらに商業空間のスペクタクルのなかに改修工事の当初はまったく考慮されていなかった公共の広場の設置を獲得した(注7)のだった。札束で行政と市民の顔を叩いて自分の企業の名前にさせるという暴挙を、少なくとも渋谷ではさまざまな形式のデモによって防ぐことができた。(注8)これは大きな成果といえるだろう。
(引用終了)

それでは具体的資料を元に注の部分を指摘させていただきましょう。

注1ーナイキジャパンが渋谷区役所内で宮下公園「整備」についてプレゼンテーションを行ったのは2007年9月12日である。したがって2008年との記載は明確に間違いである。
2008年宮下公園ナイキジャパン提案書付録_PAGE0001

注2ー宮下公園が夜間施錠されるようになった(正確には公園出入口を封鎖して夜間に立入できなくした)のは2011年4月30日に宮下公園がリニューアルオープンをされてから以降の話である。

2008年2月6日に株式会社ナイキジャパンから渋谷区に提出された『プロジェクトに関する弊社からのご提案・要望事項について』にも宮下公園の夜間施錠は要望されていない。

2008年宮下公園ナイキジャパン提案書_PAGE0001

4.公園内施設の利用運営(案)で利用時間が決められているのは③フットサルコートと④クライミングコートが21:00まで①バスケットボールコート、②スケートパーク、⑤フラットコンクリートスペースは常時開放とされている。

また、コミュニティーセンターの上のスペース部分は24H AREAと書かれている。

2008年宮下公園ナイキジャパン提案書付録_PAGE0002

これらのことから、2008年2月6日のナイキジャパンの提案の際に宮下公園の夜間施錠が提案されたとは思えない。

しかも宮下公園の夜間施錠に関してリニューアルオープン以前には渋谷区議会で議論されていない。夜間施錠をしないという議会答弁はある。詳細はやっぱり、宮下公園夜間施錠なんて言ってないじゃん参照。

宮下公園フットサル場はリニューアルオープン前から夜間施錠されており、宮下公園全体の夜間施錠とは意味合いが違う。小林議員の質問はこの前提を理解した上の質問である。誤解のないように。

宮下公園夜間施錠に関しては町会会長や商店会会長の要望を受けたという形をとったものと思われる。

2011年3月30日に出された神宮通り二丁目町会会長早乙女進一氏による「宮下公園の管理について(要望)」(押印部分が黒塗りなので町会の総意として出したのかは不明)

宮下公園夜間施錠について_PAGE0000

2011年4月8日に出された明治通り宮下パーク商店会会長小林俊一氏と宮下町会会長山本敏子氏による「宮下公園の夜間閉鎖に関する要望書」(押印部分が黒塗りなので商店会や町会の総意として出したのかは不明)

宮下公園夜間施錠について_PAGE0001

注3ー現況地盤高を約5.0メートルあげて公園にした経緯があるため、宮下公園は渋谷区によって避難場所や一時集合場所には指定されていない。

渋谷区地震対策マップ

注4ー『路上生活者概数調査』によれば宮下公園の野宿者は以下の通り。リーマンショック以前から宮下公園に多数の野宿者がいたことが分かる。
 2004年8月72人
 2005年2月76人、8月69人
 2006年2月66人、8月66人
 2007年2月26人、8月27人
 2008年1月26人、8月21人
 2009年1月30人、8月27人

注5ーこの件で渋谷区議会に出された陳情は「宮下公園の改修に関する陳情」のみである。陳情の願意は以下の3点である。
 1.ナイキ(私企業)主導による改修によって、宮下公園の公園としての公共性が失われないようにすること。
 2.スポーツ施設等の設置によって、宮下公園から多様な利用者が排除されないようにすること。
 3.宮下公園の改修計画をパブリック・コメント制度の案件とし、広く区民、及び利用者の意見を聴くこと。

宮下公園の名称を守ること、まして、みやしたこうえんという名称にすることなど求めていない。

「宮下公園の改修に関する陳情」及び渋谷区議会での質疑の様子は2008年10月22日の都市環境委員会での審議の模様参照

注6ー「みやしたこうえん」の名称は株式会社ナイキジャパンから提案され、渋谷区が認めたものである。

2011年3月11日付け株式会社ナイキジャパンによる『渋谷区立宮下公園の通称名について』

2011年3月24日ナイキジャパンみやしたこうえん_PAGE0000

この中で「区立宮下公園が子供から高齢者までの誰もが使える開かれた公園であることを表現し、誰にでも分かりやすい文字であるひらがなを使用」と「みやしたこうえん」を提案した理由を明らかにしている。

2011年3月24日ナイキジャパンみやしたこうえん_PAGE0001

これに対して渋谷区は2011年4月14日付け『渋谷区立宮下公園の通称名について(回答)』で回答している。

2011年4月14日渋谷区みやしたこうえん

2011年4月15日付け『渋谷区立宮下公園ネーミングライツ基本協定変更確認書』には以下の通りである。

2011年4月15日渋谷区立宮下公園ネーミングライツ基本協定変更確認書

変更前通称名を「宮下NIKEパーク」、変更後通称名を「みやしたこうえん(Miyashita Park)」と定めたことが分かる。

以上の事実関係から「みやしたこうえん」の名称は株式会社ナイキジャパンと渋谷区が決めたものである。

なお、渋谷区立都市公園一覧によれば現在でも正式名称は渋谷区立宮下公園のままである。

渋谷区立都市公園一覧

注7ー2008年2月6日の『プロジェクトに関する弊社からのご提案・要望事項について』の「全体平面図(ランドスケープ計画)」に広場435m2との記載があり、宮下公園「整備」の初期の段階から公共の広場を作ることは予定されていた。従って『改修工事の当初はまったく考慮されていなかった公共の広場』との認識は明確に間違いである。

2008年宮下公園ナイキジャパン提案書付録_PAGE0002

参考までに指摘しておくが、上記でも示した2008年2月6日の『プロジェクトに関する弊社からのご提案・要望事項について』の「コンセプトシート」には都市公園法及び都市計画法に基づく、公園内での建設可能面積や運動施設計画可能面積が出されている。

2008年宮下公園ナイキジャパン提案書付録_PAGE0001

注8ー宮下公園ネーミングライツ基本協定書は廃止されていない。従って宮下公園についての命名権は現在でも有効である。

最後に、上記で紹介した陳情趣旨から分かるように宮下公園のネーミングライツ阻止を獲得目標にしていない。
そのような資料があるなら資料を引用していただきたい。
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